Julian&Anza-Borrego Desert State Park

この日は朝起きてぼーっとしていたら何時に家を出るかを聞かれた。前日この人いつになったら家を出る支度をするのかな、と私も思っていたのでそれなりに探り合いみたいなのが発生していたのかもしれない。

Crystal CoveのShake Shackで美味しいブレックファストサンドイッチを食べた。この旅行中に食べたパンの中でここのパンが一番だったな。パンの内側にバターが塗ってあったのか、アボカドの油分だったのかわからないけど、具材とパンがよく馴染んでいた。深い青色の海を見下ろせるカウンターは開放感があって、手際のいい店員さんがどんどん番号を呼ぶのを聞きながらたくさん食べた。コーヒーもここのが一番美味しかったかも。
その後はカリフォルニアの長野県みたいなところにあるJulianという街に、友人の同僚おすすめのアップルパイを食べに行った。道沿いに何箇所も【ワインの試飲できます】という看板があって、車でしか来られないところなのにそういうのはあんまり関係ないみたいだった。路面に水溜りが出来たように見える蜃気楼が、幾度も現れては消えるのを眺めるうちに小さな街に着いた。パイにはパイと同じくらいの量のバニラアイスクリームが乗っていたけど、りんごも酸味があって身がしっかりしていたので当たり負けせずにバランスしていた。テラス席では連れられている犬がみんな穏やかにくつろいでいて嬉しくなった。

江國香織落下する夕方に出てくる西海岸風のパイ屋について、友人に説明しようとしたけど上手に話せなかった。

パイ屋は能天気なあかるさだった。こげ茶色の木でできた西海岸ふう−もしくはディズニーランドのカントリーベアシアターふう−の内装に、丈の短いエプロンドレスを着た若いウェイトレス、そしてクリームと果物で小山のように盛りあがった甘いパイ。

でもこの街は内陸だから、あるいは”ふう”じゃなくて本当に外国だからちょっと違うのかもしれないな、と思っていた。

古本屋でジョセフ・コンラッドを買って、一等いいところにあるJulian Cider Millでジャムと蜂蜜をお土産にした。古本屋のおじいさんはとても静かな人で、観光客にうんざりしながらも、しようがないので観光客相手の商売をしている、という風情だった。箴言22-1がラベルに印刷されたりんごの花の生蜂蜜は自分用で、あちらにいるうちに開けて食べた。香りが可憐でとてもおいしい。

Pro:22:1: A  good name is rather to be chosen than great riches, and loving favour rather than silver and gold.

加熱処理していないと思うので、日本の食品衛生基準的に大丈夫かはわからない。水を買いに寄ったグローサリーで絵葉書が売っていたから買おうかと思ったけど、一番いい写真が雪景色のもので、見たことがないから買わなかった。

その後東にしばらく走ってAnza-Borrego Desert State Parkに行った。もしかしたら砂漠と名のつくところに生まれて初めて訪れたかもしれない。強い強い陽光、desert agaveの黄色い花、樹木の生えない赤茶けた稜線。歩くごとに体の水分がぷつぷつと蒸発していった。
園内には簡単な展示施設があって、マンモスの化石とか、古い哺乳類の模型とか、先住民の血族図を見ることができた。まあ見渡す限り見たことのあるものなんて一つもなかったんだけど、鳥類は特に面白くて、キジバトに似た鳴き方だけど微妙に節回しの違う鳩とか、シジュウカラと同じくらいの大きさだけどモノトーンの配色の小鳥とか、親しみを覚えるのに全く同じものは見たことがないものが何種類もいた。連想すらできないほど全く違うより、遠くに来た実感が湧いた。

私にとってはやや余談なんだけどこの公園にはリカルド・ブレセーダ作の彫刻が130点ほど展示されている。同行者はこれが大好きだったみたいで、中国風の竜の前で写真を撮って嬉しそうにしていた。たしかにマンモスや蠍の赤く錆びた立体作品は風景に奇妙に似合っていて面白かったけど、興奮の度合いにおいて私は完全に置いてけぼりになって、そんなことは後にも先にもこの一度きりだったので書いておく。とまれここまで何百マイルも運転した人に刺さるものが、砂漠の真ん中でちゃんと待っていてくれてよかった。

帰り道、たまたまスカートの視界良好がかかって、運転席の人が「この道スカート聞きながら走った人っているのかな」と言った。「どうだろいうてカリフォルニアの中でも日本人が多いエリアから、ちょっとした遠出で来られる場所だし、あり得なくはないよね」と夢のないことを言ったけど、もしかしたら私たちが最初のふたりだったかもしれない。

この日の夜はファミレス的なスパゲッティ屋でミートソーススパゲティを食べた。プロセッコを頼んだら美味しかったな、プロセッコはいつでも美味しい。それまでひとつも英語喋らないで黙ってたのに、急にエクスキューズミー!って酒だけ自力で注文したから、店員さんが”オフコース、ノープロブレム”って余分にニコニコしてくれた気がした。