夏物語

 

友人に薦められて読んだ。一時期その人と話すとやたら出産の話になるなと思っていたのだけどたぶんこの本の影響で、まぁそうなるのも無理からぬようなパンチの重い小説だった。よくネタバレを我慢していてくれたものだと思う。

小説は二部に分かれていて、第二部ではひとりの女性が(周産期医療を含めた)出産・出生とどう向き合うかというのが大きなテーマになるのだけど、結局その人がそのような形で物事に興味を持つことになる根っこの部分は、自分が育てられる側であった時分に形成されるのだということが、先に第一部を読むことによって自然と理解できる構成になっていたと思う。

この小説は650ページほどあるのだけど、173ページにあった描写を見て、もしお話の筋がどんなに悲惨なことになっても、どんなに思ってたのと違っても、私はこの小説を夢中で読み続けられるだろう、と思った。とても美しい風景なので読んでほしい。

窓の外には薄暮がひろがっていた。それは何万枚もの薄くてやわらかなレースが重なりあってたなびいているのをみあげるような夕暮れで、遠くで、近くで、無数の光が瞬いていた。その頼りない光の粒は、わたしが生まれてそして数年のあいだ暮らした小さな港町を思いださせた。

覚えていないことを思い出させてくれる、体験していない感覚を呼び覚ましてくれる文章は、現実に生きる私の脳と身体を、本当に、事実として助けてくれる。もちろんそこに描かれている感情や出来事が私を傷つけることもあるのだけど、その傷は”今ここ”から一切動けない哀れな私ではなくて、”いつかどこかで”の層に浮くことができた私に刻まれる。”今ここ”の私なしには存在し得ない、同時に”今ここ”の私を生かすためにいつも必要な私。

いい時間だった。たまたま、幼子がいる友人やこれから子を迎える予定の友人を訪ねる日の移動で読んでいて、ちょっと選択が尖りすぎたかなと心配もしたのだけれど、この本も含めてその旅が思い出になったと思う。自分でも理解しきれない自分の気持ちや行動と、共に夏を過ごす心構えができた。