ナイン・ストーリーズ

 

 

書店で野崎孝訳を見つけたので買ったもの。

私は選ぶなら「エズミに捧ぐ」が読みやすくて印象に残ったのだけど、どのお話も話の筋は忘れても数年後にふっと思い出しそうな鮮烈な描写があったなと思う。

青空文庫にあったなら友人にも一篇から薦めやすいと思ったのだけどサリンジャーは長生きをしていて全然まだまだ入らなかった。自分が古典を読むときにはたいてい紙で買うから関係がないけど、何かの拍子に著作権の有効期限を確かめたときの「長生きはいいこと…」という気持ち、次に行く地獄のランクを下げそうなのでやめたい。

フラニーとズーイ」を読んだときに、あの小説の感触が恋しくなっても、2行では没入できないしちょっと長いしおしいな、という気持ちがあったのだけど、この短編集であれば "サリンジャー気分" を満たすためにちょっとだけ眺めるのにもいいように思う。「バナナフィッシュにうってつけの日」のシーモアがシビルの足首を押さえている間の会話なんか最高で、足首を押さえてから手を離すまでの間だけをうっとりと読み返してしまいそうな気がする。

フラニーとズーイ」は村上春樹訳で読んで、春樹訳以外も読んだ方がいいと思ったけれど、結局翻訳ものはなんとなく日本語の向こうにある英語の言い回しを想像しながら読むことになるのは変わりなかったので、あまりこだわらなくてもいいのかもしれない。春樹訳を読んだときに春樹っぽさが気になるのは、単に彼の作品を読んだことがあり文体を知っているために起こることで、今回も結局野崎孝の日本語を読んだことに変わりはないのだと感じた。