ア・ピース・オブ・警句

 

ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」2015-2019

ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」2015-2019

  • 作者:小田嶋 隆
  • 発売日: 2020/03/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

小田嶋隆日経ビジネス電子版に連載しているコラムの総集編を読んだ。

Twitterで観測範囲に入れているコラムニスト、ライター、エッセイスト、とにかく文筆業の人たちについて、案外著書を読んでいないことが多いのに気付いて、最近数冊買った中の一冊。

結果、読んでよかった。タイトルに全部書いてあるんだけど2015年に新国立競技場のザハ案無理かも、てなってから2019年に2020年の桜を見る会が中止になるまでの政治やメディア上の言論について、かなり詳細に思い出すことができる。今述べたようなトピックはアラサー女にとっては「つい最近の気がする」一方で、その5年間に続出した疑惑や不祥事の詳細については、多くが「そんなこともあったな」という忘却予定のフォルダに放り込まれていたからだ。本当に、人間はその時の空気のことを、手がかりなしには思い出せない。「後々のために今の空気を書き残しておく」と前置きして、本当に空気を書き残しておいてくれてありがとう、と何度も思った。

現在の日本はといえば、新型コロナウイルスの流行により東日本大震災以来の社会の変化に見舞われている。オリンピックも延期になった。

このことは、2019年内の小田嶋隆には当然予想のできようもないことなのだけど、本コラムが一貫して扱っている政権と政権に対する支持不支持、ネット上の議論の状況は、同じ方向に、通底する理路で傾き続けていると言っていいと思う。

このコラムを読んでも、たとえば2015年から2019年の間にあった政治的な事柄について、数字の上でめちゃめちゃ正確で網羅的な知識が得られるわけではない。でも、その当時、市民たる私が何を思っていたか、どう感じていたかについて思い出し、かなり左に偏った観測範囲を持つ私から見えていた景色と、どうやら世間の大勢であったところの政権を支持する意見や思想とのギャップを埋めるための親身な補助線を得ることができた。さぁ新しい内閣は、続くコロナ禍における政治は、というこのタイミングで、自分の現在地を確かめるのにすごくちょうどよかったと思っている。

この場合の "ちょうどいい" は最高の賛辞だ。彼自身が、自分がなんとか世代のこういう趣味のおじさんで、という自身の出自から来る傾向についてかなりフラットに書いていて、その上でわからないことをわからないと書き、一方それでもわかってしまうことについて、平易な文章で書きつけてくれているのだ。そのテンション、自分を一旦突き放す態度。

もし小田嶋隆の文章を日常的に読みつけている人がいたら、そのようなメタのやつは彼の得意の、そして彼の書く内容そのもののために重要なやり口だということがわかると思うのだけど、あの短い、軽い文体のコラムの中で、読者に前提と牽制をきっちり呑ませる一見柔軟なようで強硬な態度のことがかなり好きだった。どんな大作家でも、読むひと全員にわかるように書くことはできない。

沢山のフォロワーを抱えてTwitterアカウントを運用し、あまつさえツイート内容とその反響を引用しながらコラムを書く、つまり広く世に発信するというのはこういうことか、という迫力があった。事象に対する分析の深さもさることながら、ある種の炎上を織り込んだ筆致の小気味よさも私のような性格の悪い人間にはひとつの楽しみであった。