暗い夜、星を数えて

 

暗い夜、星を数えて: 3・11被災鉄道からの脱出 (新潮文庫)

暗い夜、星を数えて: 3・11被災鉄道からの脱出 (新潮文庫)

 

 

彩瀬まるの単行本デビュー作は震災のルポルタージュだった。驚いた。

緻密で丁寧な文章と、謙虚な姿勢、正直な心情の吐露。彼女の小説作品を見かけると買ってきたけれど、これを読んだことによって、私はこの作家を完全に信用した。

作家を信用するというのは別に人間性の話ではなくて、名前を見たら中身を一文字も読まずに買っていい、ということだ。もし私にはわからないものを彼女が書いたら、まずは私が追いつけばいいことだと考えられるということ。

いくつも印象深い描写はあって選びきれないけれど、ボランティアで行った家屋の片付けで、もとの住民の持ち物をゴミとして捨てる際の列記は胸に迫る。

なにもかも捨てた。クリーニングから返ってきたばかりのビニールのかかった布団も、麻の背広も、台所の保温ポットも、何膳もあった漆塗りの箸も、扇風機も、和紙に包まれた美しい着物も、封の切られていない足袋も、ふっくらとした上等の座布団も、介護用のベッドも、薬箱も、買い置きしてあった食材も、なにもかも。

 捨てたものを書き連ねるだけで、津波に破壊された人間の暮らし、その歴史、それに纏わる記憶の気配を色濃くこんなにも表すことができる。もちろんそれはただものが並んでいるのではなくて、後半に人生単位の時間の経過を表すようなアイテムや、日々の生活を想起させる消耗品が連ねられている、その順番すら正しく選ばれているからなのだ。書いてくれる人がいてよかった、と思う。

わたしはそのように思うのに、彩瀬まるは震災直後に書いたルポ『川と星』の情景描写について、数ヶ月後担当編集者Tが実際に現地を見て改めて驚くのを受けて

おそらくTさんは、日本で一番『川と星』に目を通してくれた人だろう。そんなTさんにすら、見たものを伝えられていない、書けていないのだと、その横顔を見ながら痛感した。

と書く。私はこのような、書いて伝えたいという強い気持ちのことが本当に好きだし、なんとかして見たものを伝えるために用いられる情景描写の克明さ、選ばれる比喩の美しさのことを愛おしく思っている。

時を経て文庫版が出たことに意味があると思う。今、そしてこの先も、このルポが一つの"語り"として読まれ続けますように。