江戸川乱歩名作選

 

江戸川乱歩名作選 (新潮文庫)

江戸川乱歩名作選 (新潮文庫)

 

 

著作権保護が切れたあとに編まれた選集なのだけど、うち3遍は乱歩が生前に半ば自薦した選集と同じラインナップなのだそうだ。

押絵と旅する男」や「目羅博士」なんかを読んでいる間、細やかな情景や微妙な機微がかなりの執念深さで書かれているのに何度か出くわした。見たものや見たいものに対する愛が強い。彼の業績に後続作家の発見、海外推理小説の紹介、翻案が挙げられるのもわかるような気がする。表面上人付き合いがどのようであったか知らないけれど、人間への興味や執着が強く、情念のある人だと感じる。

「人でなしの恋」は満島ひかりの朗読をNHKで聴いたことがある。そのときは台所にいて画面を見ず流し聴いていたのに、随分悲しいお話をやっているなと思ってエンディングでタイトルを見たら乱歩だった。読み始めてしばらく、これは何処かで読んだことがあったのだっけ、筋を知っているなと首を捻っていたのだけど記憶に声も色も載っていたのでテレビだ、と思い当たった。

ロンググッドバイもそうだったけれど、映像や音声ってやっぱりすごくて、テキストだったら何が何だかわからないくらい小さな断片になっても、記憶として機能する。女優の顔だけでも、サビのワンフレーズのメロディだけでも。まぁ「恥の多い生涯を…」くらいになればたぶん「ほら、あの恥の多いなんとか…て始まる」くらいでイケるか…すごいな…

乱歩作品には上記以外にも夥しい数の映像化音声化作品があり、いちいち気付くのも難しいような数の推理小説内のオマージュがあり、ジャンルをまたいで多くの作品に引用されていて、今回本書を読んでみて、こういうのを「祖」というのか…という感慨が深かった。(ちなみに私が最初に読んだ乱歩オマージュタイトルは、はやみねかおるの「踊る夜光怪人」かもしれない。物心ついて覚えているかぎりでは。)

当然2021年の読者である私は推理的な部分についてめちゃめちゃに驚き慄くといったことはない。これは乱歩先生は何も悪くなくて私が読んだ順番の問題なので、そういった部分以外を楽しんだ。「陰獣」を読んでいる間は登場人物全員に怯えていた。手袋をもらった車の運転手すらおそろしげに思えたし、終始全員気が狂っているようで怖かった。

大家を捕まえてなんだけど、正しく "読ませる" 大衆作家だった。