私をくいとめて

 

私をくいとめて (朝日文庫)

私をくいとめて (朝日文庫)

  • 作者:綿矢りさ
  • 発売日: 2020/02/07
  • メディア: 文庫
 

 

綿矢りさ芥川賞を取ったときの文藝春秋が家にはあるのだけど、他は本棚で見かけたことがないように思う。勝手にふるえてろは映画を見たが、本作も映画になるそうだ。主人公のみつ子をのん(本名:能年玲奈)、相手役の多田くんを林遣都が演じるそうで、とても見たい。林遣都が好きなので。

 

 

私がとにかく好きだったのは、彼女がマッサージを受けるシーンだ。彼女がマッサージに行こう、と思い立ってから施術を受け終わるまで7ページ、延々マッサージの手順とその感覚の描写が続く。私なら書いてる途中で「これ、読みたい人いる…?私は書きたいけど…」という気持ちになりそうなほど、すべての手順が省略されずに書き切られている印象だった。

確信を持った親指が頭蓋骨のど真ん中を押す度に、頭蓋骨の継ぎ目について思いを馳せる。生まれたての赤ちゃんの頭の真ん中がやわらかいのは、まだ頭蓋骨が閉じてないせいだという。あまり的確に押されると、完全に閉じたはずの頭蓋骨が、また四枚に分割して元に戻らなくなりそう。脳みそについて考えてる私の脳みそに触れている彼女の指の距離はほんとに近い、骨と皮のみ。

またまいちゃんはそうやってすぐ骨とか肉の話で興奮するじゃん、と親しい友人に言われそうだけど、"生まれたての赤ちゃんの頭の真ん中" って涼しい顔で書くし、"ほんとに近い" なんだよ "ほんとうに近い" でも "本当に近い" でもなく。そういう自分には絶対にできない芸当を、7ページ読める。

ここに限らず全ページが、柔らかくて脳からの距離が近い文章で書かれていて、主人公の内的な世界を目の当たりにする感覚がずっとある。他者との関わりや他者への思いについて考えることは多いけど、そもそも自分のことをつぶさに理解し、励ましてなんとかやってゆくことにだって、これくらいの手間暇がかかるのだということを思い出した。

自分に立ち返ること、その上で必要なものに手を伸ばすこと。さすがに主人公と同年代なだけのことはあって、丁寧な処方箋を手渡されたような気持ちで読み終えた。

作中に大滝詠一のA LONG VACATIONから何曲かが登場するのだけど、その状況で聞くその曲の場違いな明るさのようなものを思い浮かべるといい気持ちになった。言わずと知れた大名盤なので聴いたことないひとはいないかもしれないが、もし聴いたことのない人がこの本を読むなら、ぜひ流しながら読んで欲しい。