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私の目に映る美しい花を、鼓膜を揺らす鳥の声を、
あの人のために、この子用のものとして、とっておきたいと時々思う。
でもそのようなとっておきを積み重ねて心を尽くして、
お互いをお互いにとって替えが利かないようにするのは、
かなり無防備でむこうみずな行いで、いつか手を離すつもりなら
剥がす時の痛みを覚悟するか、最初から体重を1gも預けないようにした方がいい。


出かける前にはそう思っていたのに、秋の日はつるべ落とし、
木の葉を蹴り蹴り歩いていたらすっかり日が暮れてしまった。
念のためSiriに帰り方を聞くやつ、方角はわかるんだけど。
でも昼間見た海も花も雨も真っ白な曇り空も、全部、全部美しかったから、
多少遠回りして元居た場所に帰ることになってもかまわないし、
知らない間に靴ずれができててもいい。
随分遠くまで勇敢に歩いた。


星は教えずに別れた散歩の連れ合いにはもう何年も前に死にまつわる約束をしたのに、
生についてはひとことも言わないでここまで来てしまった。
そういうところがいつも私は迂闊なのだけど、
なんとなく(なんでだか)ずっと歩けるような気がしていた、仕様がないな。
でも生についても、見送るときには今持たせてあげられるだけのクッキーやらラムネやら、
安心のための餞を渡したつもりなので、
お腹が空いたら食べてもいいし、新しい仲間に渡してもいい。


私にとっては、少なくとも今立ち止まった地点からでは味も匂いも感じられないような未来だとしても、
それがほかでもない、誰あろうきみが選んだ現実なのであれば、
一緒に運ばれてくる痛みの半分くらいは引き受けられる。
きみが私を損なわせるなら欠けたままで笑いたいと思う、
指差した先にぽっかり浮かんだ待宵の月みたいに、静かに。


あの人がこの先どの瞬間も、その時選んでいる未来を慈しんでいてくれたらな。
日々の暮らしから、生きるのに必要なしあわせやふしあわせをちゃんと受け取って、
目を眇めたり耳を澄ませたり、眉をしかめたり肩をすくめたり、
なんでも。もちもち動いて暮らしていて欲しいよ。
だからどうか私にはあなたの幸せを願わせて欲しい、どうでもよくなんてない。


必要になったその時は呼べ、どこへでもゆけるよ、何にでもなれる