シリウスの道

 

好きな作家こと藤原伊織の長編小説を読んでいた。この作品は初読だと思う、全然見覚えなかったし。

広告代理店に勤める男が主人公の、ハードボイルド。お仕事小説でもある。会社での大きな競合案件の進捗と、彼の二人の幼馴染との秘密にまつわるドラマが、リンクしながら物語は展開される。作家が長いこと電通マンだったのでおそらく広告代理店内の描写はある程度真に迫っているのだろうと信じて読んだ。この作品に限って言えば読み口は池井戸潤だしみんな読んだらいいのにな。みんな読んでるから作者が亡くなってもう随分経つのに文庫の重版がかかるのか。

ホットドッグしかつまみのないバーが登場するのだけど、読んでいる間ずっと思い出せずにこれなんだったかなと思っていたら、北上次郎が書いている解説で解決した。「テロリストのパラソル」に出てきたひとたちなのだ。懐かしいな。

私も憎いなーと思っていたところを北上次郎も誉めていたので解説から少し引く。

舞台が広告代理店という特殊な業態なので、素人にはわかりにくい専門用語が頻出するが、銀行から転職してきた戸塚と、派遣社員平野由佳を配することで、その困難を巧みに回避しているのもうまい。つまり同じチームの人間にわかるように、彼らは説明しなければならないのだ。かくて読者も、広告の世界に案内されていく。

無知な聞き手システムである。この仕組み自体は結構あからさまだからやらしく感じる人もいるかもしれないんだけど、私は普通にそれで助かったので感謝している。そしてこの「銀行から転職してきた戸塚」の成長物語も重要な縦軸になっており、あまりの化け方に感動したし、その視点だけで半分の長さの長編小説が書けそうだった。
背表紙に書いてある説明に「ビジネス・ハードボイルド」と書いてあって、まぁそうかと思ってこのエントリにもそのように書いたのだけど、この作品の一番ハードボイルドらしいところといえば主人公が無意味にモテるところかなと思う。無意味にやたらにモテるの、単にうらやましいしいい女らしき人にモテているのをみるときっとこの人にはモテる理由があるんだろうと思えていい。顔がめっちゃいいのかもしれない。
次点で主人公がまわりの人にあまり説明しないところか。説明しないで実行する、不言実行が格好いい、というのはハードボイルドの美学だ。最近だと忌避されがちなスタイルかなと思うのだけど、世の中実際のところ説明したり打ち明けたりすることでは解決しないことが沢山あって、あんなめちゃくちゃを無言でやってたおっさんも小説にはいたのにな、と時々考えると現実の自分の善良な小市民ぶりを笑えていいかもしれない。心にギャルとかヤンキーとかおっさんとかいろんなひとたちを棲まわせて暮らそうね。