カバーイラストをカシワイさんが描いていた。時々Twitterでイラストを目にしていて、紙に印刷されているのは初めて認識した。かわいいヨウム"アレックス"と、"私"用であろう椅子。いい雰囲気だなと思う。
2010年に幻冬舎から出た単行本の文庫化で、著者であるアメリカの研究者が、ヨウムのアレックスと共に、認知と理解についての研究を行った30年間を振り返った本。
これは大事な注意だが冒頭はアレックスへの哀悼メッセージの紹介から始まるため鳥が死ぬのが無理な人は読まない方がいい。泣いてしまいます。それとこの読み物の最後の方でもアレックスが亡くなった時のことが書かれているのでご安全に。
中身はめちゃめちゃに面白くて、私が小学生のときに読んでいたら鳥も飼いたくなっていたかもしれない。ファーブル昆虫記やシートン動物記、図鑑やどうぶつ奇想天外が好きな人におすすめ。あと鳥が好きで悲しみに耐えられる人。
読み進めるにつれアレックスの能力がどんどん確かめられてゆくのも、その科学的な証明方法の解説によって、自分が普段無意識に行なっている概念の理解・操作がこのように分解されるものだったんだなとわかるのもとても楽しい体験なのだけど、それ以上に感動的なのは、ペパーバーグ博士のキャリアの積み上げ方だ。壮絶で、いつ血を吐いて死んでもおかしくないのではというような苦労をしている。根性に圧倒された。博士は16歳でさらっと大学に入るくらいに頭がいいのに、どこの国も研究者稼業は大変なんだなと思う。
しかしそのような厳しい状況の中で、寿命の長いヨウムを責任を持って管理し続ける様子は、一般的な動物実験のイメージからはかけ離れたものだった。私のような動物好きにとって、このように動物の知能についての研究が進められ、それが大きな成果をもたらしたということが、とても嬉しく感じられた。
文化的には、西洋文明における、動物を下等生物として位置づけ、人間とは全く違う生き物として扱う宗教的な背景に博士は苦しめられていたようだった。そのせいで博士は研究成果の発表時に保守的な人々を刺激しすぎないよう言葉を選んでいる。一般的な人々の、"人間の特別さ" に対する認識が、進化論が科学的に受け入れられてなお20世紀いっぱいあまり揺らいでいなかったことは初めて知ったので、博士の研究に対する反応の厳しさには少し驚いた。日本でもたしかに犬畜生という言葉があるが、一方でお稲荷さんやオオカミやヒグマへの信仰はあり、動物に限らない八百万の神に対する信仰がある。富士山のことも信じてるし神社には人間も祀れる。作中で紹介されるネイティブ・アメリカンの考え方に近い信仰や、多神教ベースで仏教やキリスト教を受容してきた(してしまった)歴史があり、この側面に限っては日本のような国の方が博士の研究結果は受け入れられやすかったかもしれないと思う。
そして全ての驚くべきような内容に関わらず、この本は2010年には既に出版されていたものだ。当然今現在もこの分野の研究は進められているはずなので、次にこのジャンルの本を私が手に取ったとき、どんな新たな驚きがあるかと思うと明るい気持ちになれる。よい本をよい時に読んだ。
p.s.完全に余談だけど第7章に、同じ研究所にいた犬の研究者とお互いをwoofer(イヌ男)、tweeter(トリ女)と呼び合っていたというエピが出てきて、よすぎて、そこだけ二次創作してくれ、ラブストーリーで…!誰か…!となっていた。印象的な人間同士のやりとりが他にもいくつか紹介されているので本書はオタクにもおすすめ。