ゼロ・アワー

 

ゼロ・アワー (徳間文庫)

ゼロ・アワー (徳間文庫)

  • 作者:中山可穂
  • 発売日: 2019/12/06
  • メディア: 文庫
 

 

中山可穂の近作を読んでいた。好きな作家で、わりと数を読んでいる。この作品はアルゼンチンの軍事政権時代に端を発する家族殺しの怨恨と、殺し屋稼業が題材になっている。ノアール小説だ。

リアリティがない、ということを言いたくないし、作家が「お話」を書いてくれているのだからそれに乗りたいものだと思うのだけど、どうも冒頭は乗り遅れる。プロが人を殺すとして、日本での殺しに拳銃を使うだろうか、殺し屋の組織なるものがあったとして、通話内容が聞かれれば明らかに怪しいようなシェイクスピアの登場人物名をコードネームに使うだろうか、などしばらくは雑念が頭を離れない。

中山可穂作品においては家族全員を殺されて敵討ちを誓う主人公ヒロミを始めとした主要な登場人物全員が中山可穂脳であり、理由の説明できないこだわりや、決断したらやり通す執念、きちんと傷の付く暖かい心を持っている。私はそうではない部分が人間にはあるし、あるいはそちらのほうが人格の前面に出ている人も多いだろうと思うので、より強くとんでもない世界観に飛び込んでしまったなと思うのかもしれない。構造的には血縁のあるLEONなので、マチルダになりたいかつての女の子たちにはもちろんおすすめだ。

そうやって私がこんなのありえない、ファンタジーだもん、とぐにゃぐにゃしているうちに物語は情熱的な描写と激しい心情の吐露を重ねてドドドと進み、ヒロミは本懐を遂げる。結果的におそらく作者のことも魅了しているであろうタンゴの情景や、猫と人間のやりとりなんかを楽しみながらあっという間に読まされてしまったことに気付いて、なんだか中山可穂っていっつもこういうさー、細かいこと全部情熱でなぎ倒すみたいなさ、強引めのモテ男みたいなことしてくるよね、とぶつぶつ思ったのであった。

ネタバレをすると主人公は生き残るし、解説によれば続編も出るらしいので、彼女の人生からなにが決定的に失われているのか、どのように傷ついているのか、この先彼女はなんのために生きるのか、生きていられるのか、そういうつづきが読めたらいいのになと思う。