わたしのいるところ

 

わたしのいるところ (新潮クレスト・ブックス)

わたしのいるところ (新潮クレスト・ブックス)

 

ジュンパ・ラヒリ。イタリア系アメリカ人の著者が、初めてイタリア語で書いた長編小説、とのこと。書店で新潮クレスト・ブックスが並んでいて、この装丁好みなんだよなぁと思ってレーベル内から選んだ一冊。余談だけどふたつ前の『好き好き大好き超愛してる。』の装丁のことは「こんな風にデザインするのねえ、さぞやこだわりなんでしょうねえ…」などと思っていて全然わかってない、そういう違和感を感じさせたいのだとは思うけど。

 

シンプルな文体でとても読みやすい。表現力をあからさまに示すような比喩や、読者の理解力を試すような複雑な文構造が全くない。40代の独身女性である主人公の生活の断片が、数ページずつに分けられた文章で綴られる。ある日の日記を読んでいる感覚で読み進むうち、主人公は今いる場所から出ていくことになる。

 

激情を直接に書き表している部分はなくて、彼女の静かな、でもきちんと一人分の喜びと不安に満ちた生活が続いてゆく。彼女は別に完全に自立して精神的に安定した大人というわけではない。一人の娘がいれば二人の親がいるし、一人の女がいれば何人かの男がいる。彼女はそれらの関係性のせいでときに苦しむけれど、各人を自分につながるものとして大切に扱っている。わたしは最初から最後まで彼女に共感し、読んでいる間一度も彼女を特別な人間だと思わなかった。

 

だから当然この小説は卓越しているのだと思う。確かに主人公はわたしと同じ独身のおばさんだけれど、彼女が生活している社会や慣れ親しんだ文化は、私の知っているものとはおそらく大きく違うのに、私を苦もなく理解者然とさせる。

 

このように孤独な人間が、世界には無数にいて、ひとりひとり息をしている。そのことを想像するとちょっと愉しくなる。世の中の独り者たちに、今日もよい中庭を見つけたり、決まったものを食べたりしていてほしいと思う。私もそのようにして過ごすことにする。